翻訳を仕事にする(その6) – トライアルに落ちまくったときの対処法・後編

前回記事と今回記事を合わせて、トライアルに落ちまくったときの対処法についてシリーズでお送りしています。

前回記事(その5)では、「急募を狙え!」という手法を解説しました。

翻訳トライアルにも種類がいろいろ種類があり、翻訳会社のHPに掲載されている随時募集の求人はハードルがかなり高く、合格が難しいことなどを解説しました。

また、合わせて、絶版本なんだけど、絶対に手に入れておいた方がいいIT翻訳入門書を紹介し、その使い方も解説しました。

今回(その6)は後編、「足切りを突破しろ!」です。

各翻訳会社の翻訳トライアルは、多くの場合2段階選抜になっている可能性が高いと思われます。そのことを念頭において、まずは足切りポイントを突破することに力を注ぐのが合格への近道です。

今回は、その足切りポイントの見分け方と対処法について僕なりの手法をご紹介します。

目次

  • トライアルの採点は大変な作業
  • 足切りの存在に気づくことが大事
  • 足切りポイントに選ばれるのは基本項目
  • 基本動詞の使い分けがポイント
  • 足切りポイントの見分け方
  • 基本動詞界のON(王・長嶋)
  • 基本単語は奥が深い
  • 実際の課題にチャレンジ
  • なんとしても突破しよう

トライアルの採点は大変な作業

さっそくですが、他人の訳文をまともに添削するのって、相当大変な作業なんです。

かなりとんちんかんな訳に出会うこともよくあります。

「一体どこをどう読んだら、こういう訳ができあがるのだろう???」と首をかしげることもしばしば。

極端な場合は、パズルを解いているようなものです。

複合したミスの塊を、 答案作成者の目線に立って、時系列で解きほぐしていかなければなりません(サスペンスドラマで、殺人現場の人型の上に寝っ転がる刑事さんのような状況というか・・・)。

1か所で1時間以上かかる場合もあります。

もちろんこれは通信添削の場合ですから仕方がありませんが、翻訳トライアルとなれば話は別です。

たとえば1つの求人に100人の応募があった場合に、採用担当者が全員の答案を丁寧に見ていくというのは物理的に不可能なのです。過労死します。

そうした事情と、さまざまな情報を合わせて考えれば、「ほとんどの翻訳トライアルは2段階選抜になっている」と考えるのが妥当だと僕は考えています*。

*例外は、「トライアルを受けてみませんか?」と翻訳会社から名指しで依頼される場合ですが、こういうケースは、ある程度仕事をこなせるようになるまで発生しませんので、今回は除外します。

足切りの存在に気づくことが大事

さて、2段階選抜になっているということは、つまり、原文中に足切りポイントがいくつか設定されていて、大部分の不合格者は、「そこだけを見て」落とされているということです。

ある程度の実力があるはずなのに何度受験しても合格できないという人は、力を入れて訳した部分を見てもらう以前の段階で、ささいな足切りポイントで落とされている可能性が高いのではないでしょうか。

本記事ではそこを突破する方法について解説します。そこさえ突破すれば、あとは、あなたの実力をじっくりと吟味してもらえるはずです。

僕自身も、トライアル受験し始めて最初は3連敗でした。その後、打って変わって10連勝以上いったのですが、転機になったのは、

①「コンピュータ翻訳入門」の採点ポイントを読んだこと
②急募的な案件を狙うようになったことに加えて、
③足切りの存在に気づいたことが大きかったと思います。

本記事では、足切りの見分け方を説明しますが、ただし、これは仮説です!

そういうものがあるという話は聞いていますが、しかし僕自身が、翻訳会社の採用担当を経験したことがない以上、断定はできません。「たぶん足切りポイントがあるはず・・・」という想定にすぎないことをあらかじめお断りしておきます。

でも、そう想定すると、いろいろつじつまが合ってくるのも事実なんですよ。

また、今のところは予定していませんが、今後、この記事は諸般の事情で非公開にする可能性もあります。

足切りポイントに選ばれるのは基本項目

さて、足切りポイントのことを”ささいな”ポイントと書きましたが、これは決して”つまらない”ポイントという意味ではありません。

むしろ、「この程度のことがクリアできていないようでは、仕事を頼むのはそもそもムリ」と判断されるような基本事項が、ポイントに設定されていると思ったほうがいいでしょう。

ですから、本当に基礎がしっかりしていれば、いちいち足切りなど気にすることもなく、すんなりと突破できているはずですし、それが理想です。

まあ、僕自身はそうではなかった、ということなんですが。。。つまり、出来不出来にムラがあったんでしょうね。

それで1回目に足切りされてしまって、次は余計なことを考えすぎて、見当外れなポイントに力を入れるようになり、さらに空回りして連敗していったような気がします。皆さんはそういうことのないように!

基本動詞の訳し分けがポイント

足切りに設定されるポイントは、おそらく、「コンピュータ翻訳入門」のChapter 1に挙げられている基本10項目中のどれかだと思われます。

で・・・僕自身の経験と、さまざまな情報を考え合わせると、7番目の「基本動詞の使い分け」がどうやら足切りポイントによく使われている確率が高いと考えられます。

もちろん他の項目もすべて大事に決まっているのですが、採用担当者の立場から考えてみた場合、基本動詞の訳し分けをチェックするのが一番作業がラクだし、そもそも問題が作りやすいはずなんです。

足切りポイントの見分け方

さて、採用担当者が、足切りで候補者のふるい落としをしたいのであれば、まずはそれに適した課題を出題しなければなりません。

つまり、1つの基本動詞が複数回出てくるような文章を探してこなければならないわけです。

逆に、受験する側から見れば、課題文中に特定の基本動詞が繰り返し登場している場合、その動詞が足切りポイントに設定されている可能性が高いと判断できます。

ですから、足切りポイントの見分け方としては、まずは基本動詞を見つけ出すこと。そして、繰り返し出てくる基本動詞を見つけ出すことです。

基本動詞界のON(王・長嶋)

さて、実務翻訳で、最も訳し分けに注意を要すると考えられている基本動詞の代表は、provideとrepresentです。

この2単語は、実務翻訳界のON(王・長嶋)みたいな存在です。。。たとえが古いですかね。

えーと、つまり、GoogleとAppleみたいな存在と言えばいいのかな。

実力のGoogle、人気のApple、みたいな両雄なのです。

これらは、ITやマーケティングの文章にやたら出てくる動詞なのですが、さまざまな訳し分けが可能です。

実務翻訳者には、こうした動詞を上手に訳し分けることのできる力が必須です。

ですから、さまざまな用法で使われているprovideを全部「提供する」と訳したり、representを一律で「表す」と訳しているような答案は、まず落とされると思います。

基本動詞は、他にもたくさんあります。今ざっと思いつく限りでも、

offer, ensure, allow, enable, specify, see, make, use, create, designなどなど。

あとは、should, may, canなど、助動詞の訳し分けでしょうか。

もちろん、基本動詞の訳し分け以外にも、他にありとあらゆる採点ポイントがあります。

しかし、そもそもprovideやrepresentが適切に訳し分けられてない答案は、それ以上詳しく検討しても時間の無駄だと判断されるでしょうし、僕もその判断でまちがいないと思います。

なぜか言うと、さまざまなポイントの中でも、基本単語の理解力は、その人の実力に直結していると考えられるからです。これは翻訳に限らず英語全般に当てはまることです。

基本単語は奥が深い

基本単語というのはそれだけ奥が深くて、取り扱いが厄介なものなんです。

実例をいくつかあげます。

僕が直接伺ったエピソードではないのですが、ある優秀な英文学の教授は、晩年まで「私は、今でもしょっちゅう辞書で”the”を引いています」と言っておられました。

それだけ優秀な人が晩年までtheを引き続けたというのは、それだけtheが取り扱いの難しい単語だということに他なりません。これは日本語も同じことです。シンプルな単語ほど、奥深さがありますよね。

theだけじゃありません。itだって大変です。

たとえば、マイケルジャクソン映画THIS IS IT にしてもそうです。この場合のitは「それ」ではありません。

このitには「最高」と「最期」という2つの意味があり、掛詞(かけことば)になっています。

THIS IS IT
「最期で最高!」っていう意味ですね。

というわけで話を戻しますが、基本単語を自在に扱えるかどうかを見れば、その人の語学力は、ある程度正確に判断できると考えられます。これは英語学習全般に言えることです。

実務翻訳の場合ですと上に記した単語群です。

きちんと勉強を積んできた人ならば、上記のリストを見ても「あー、はいはいはい」という感じで読んでいるはずです。自分でも一通り訳し分けに失敗したり、注意されたりした記憶があるのではないでしょうか。

ただし、いざ本番となるとどうでしょう?いろんなところに気が散ってしまって、意外にポロっとやらかしている可能性はありませんか。

その点、足切りポイントが設定されているんだと、あらかじめ意識しておくだけでも大分違ってくるはずです。

まずざっと課題文を見渡して、「あっ、ここにprovideがあるな・・・createが2回出てくるな。このallowも要注意だな」という感じで軽くチェックしてから訳出に取りかかるようにしましょう。

実際の課題にチャレンジ

それでは、一見は百聞に如かず、というわけで具体例を見ていきましょう。

以下は、ある業務ソフトウェアのバージョンアップに対して識者が発したコメントです。 (僕がウェブで見つけた文章に修正をほどこしたものです。)

“This latest round of enhancements to the X system sees ABC company continue to improve its proposition for institutions offering services in banking, as well as wealth management and insurance. In addition to a strengthened offering for each individual business line, the emphasis on breaking down traditional organizational silos within an institution is an area that stands out.”

さて、本番では、課題文を見たら「足切りポイントはどこか」というのをまず考えましょう。

先ほど書いたように、基本動詞、特に、繰り返し登場している基本動詞が、足切りポイントに設定されている可能性が高いです。

この文例では、先ほど挙げた基本動詞offerが2箇所ありますよね。そうすると、もう、ここが足切りポイントになっている可能性が大です。

では、2箇所のofferingを見てみましょう。そのうち、前者は、offering services in・・・ですから、「in以下のサービスを提供している」という意味です。通常の動詞offer(提供する)の意味に受け取って問題ありません。では、後者はどうでしょうか。

offering for each individual business line

これを「個々のビジネスラインを提供する」とやってしまったら、アウトなんですね~。残りの訳文はおそらく読んでもらえないでしょう。

offerは目的語を直接取る動詞ですので、「offer for ホニャララ」で「ホニャララを提供する」という意味にはなりません。

ここは直訳すると「各ビジネスラインのためのoffering」となるべきです。

つまり、このofferingは現在分詞でも動名詞でもなくて、名詞「提供物」という意味です。この場合は、文脈から考えて「製品」と訳すのが適切でしょう。

ちなみに、この例文では他にも要注意箇所がありまして、それは最初に出てくるseesです。これを「見る」とやってしまった場合も完全にアウトです。物主語を取るseeは、「主語によってsee以下のことが起こる」という意味で使われます。

もし僕が採点者なら、まずは、このsees と2番目のoffering の2箇所だけを見て足切りすると思います。他の箇所がいくら良くできていても、ここを「提供する」、「見る」としている人に仕事を頼むのは危険すぎます。

ここだけで、半分以上の答案は落とせるんじゃないでしょうか。ひょっとすると8割9割ふるい落とせるかも。

そうなれば、採用担当者は残りの数枚の訳文をじっくり吟味すれば、いい人材を確保できて、かつ早く家に帰れるというわけです。

ちなみに訳例を示しておきます。

「今回Xシステムに一連の最新機能を強化したことにより、ABC社は、銀行業務に加えて資産管理業務や保険業務などのサービスを提供している機関に対し、さらに優れた提案を行っています。個々の事業分野向け製品の強化に加えて、機関内部に存在している従来型の縦割り組織の解体に重点が置かれている点が際立っています。」

この文章は、ざっくり言えば

「ABCという会社が最近Xというシステムをバージョンアップしたんだけど、これは銀行業、資産管理業、保険業の各業務用ソフトを改善しただけではなくて、それらのソフト間で顧客データや業務フローを共有できるようにしたことがすごい点なんですよ」と言っているんだと思います。

で・・・この「意味」を理解した上で、それが読み手にきちんと伝わるような日本語表現を用いて訳出できるかどうかが力の見せ所です。

ですが、そこに行く前に、うっかりofferingやseesで引っかからないようにしてください。

まずは、足切りポイントをしっかりと突破してから、他の部分に力を注ぎましょう!

なんとしても突破する

ひっかけポイントが設定されているのは、なにも翻訳トライアルに限ったことではありません。

センター試験にだってかならずひっかけの選択肢があるし、運転免許の筆記試験にもひっかけ問題はあります。

ただし、翻訳トライアルが他のテストと大きく異なっているのは、その足切りポイントだけを見て、落とされてしまうということです。

他の箇所をいくらがんばっても、まったく見てもらえない可能性が高いということです。

仕事に追われる採用担当者には、そんな時間はないのです。

ですから、あなたは、まず、なんとしても足切りポイントを見つけ出して突破する、という意識を持ってください。

そのためには、文中に繰り返し登場している基本動詞がポイントになりやすい、ということはすでにお伝えしました。

しかし、これも繰り返しになりますが、本当に足切りが設定されているかどうかは僕には断言できないし、トライアルごとにその性質が微妙に異なっている可能もあります。

ただし、僕自身は「足切りがある」と想定して、そこをきちんと押さえるようになってから、ほとんどトライアルには落ちなくなりました。

少なくとも、そう想定しておくだけで、答案のクオリティは上がるはずです。

仮想上で、まずは足切りを突破する、という手順を踏んでみてください。

そうすれば、あとは思いきり実力を出せばいいだけです。多少粗削りでも、伸びしろがあると思ってもらえれば、合格できる可能性は高まります。

今後の勉強法

さて、一方で、上記の基本動詞リストを見てピンとこない人は、厳しいようですが、まだトライアルを受ける段階には至っていません。

焦ってもロクなことはないので、しっかり基礎固めを続けましょう。

ちなみに上記の参考書「コンピュータ翻訳入門」の最終章(Chapter 3)は、「トライアルに挑戦」というタイトルです。前回記事でも触れましたが、実際のトライアルを出題し、それに対する回答を自己採点する形になっています。

著者の佐藤氏は、長年トライアルの採点を担当していた方です。巻末には「採点マニュアル」というものが掲載されており、課題文の各パラグラフごとに、採点ポイントが、マイナス2点、マイナス1点、マイナス2点、マイナス2点という感じでズラズラズラ~っと列挙されています。

実務翻訳を目指す人や、実際に仕事をしている人でもさらに実力を伸ばしたい人は、は、1回はこのリストに目を通しておくのがおススメです。

僕自身、トライアルに開眼し、合格できるようになったそもそものきっかけは、この本の「採点マニュアル」に接したことでした。

前回(その4)でご紹介した「トライアル現場主義!」と今回の「コンピュータ翻訳入門」は、実務翻訳を志す人にとっては、必読書だと思います。

逆に言えば、この2冊を読んでないにもかかわらずトライアルに合格できている人っていうのは、僕からすれば、すごいな・・・と思いますね。

僕は、この2冊のおかげでやっと合格できるようになりましたから。

あとは、アメリアの定例トライアルをひたすら受験しまくることです。

順番としては、「コンピュータ翻訳入門」を先にやって、「トライアル現場主義!」を後に回すほうがいいかもしれません。

「コンピュータ翻訳入門」のchapter 1は基本中の基本ですから、まずは、これを3回くらい繰り返しやってから、「トライアル現場主義!」に進むなり、アメリア の定例トライアルに挑戦するなりするといいと思います。高評価をもらいやすくなるでしょう。

すでに定例トライアルでB評価水準以上を得ている人は、このやり方で鉄板だと思います。

一方で、どうやってもC評価から上がれないという人は、本記事シリーズの(その3)のC評価の人に対するアドバイスを参考にしてください。

というわけで、(その7)に続きます。第7回は「トライアルに合格したのになかなか仕事が回ってこない場合の対処法」についてお伝えしたいと思います。これは、新人翻訳者にとっては、かなり”あるある”です。

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