翻訳を仕事にするためにやるべきこと(その4) – 翻訳トライアル突破のための参考書はこれが絶対におススメ!

前回は、アメリアの定例トライアルという制度がとても優れているという話を書きましたが、今回は、アメリアから出版された本をご紹介します。僕の人生を変えてくれた本です。

目次

  • 入会しなくてもアメリアのコンテンツで学べる方法
  • この本の使い方
  • アメリアにはこの数十倍~百倍のコンテンツがある
  • 経営者の視点から書かれた唯一の翻訳入門書
  • 翻訳はビジネス
  • 翻訳会社が求めている人材とは?
  • スイッチを左に回したら命にかかわる
  • 「わたしは趣味を持っていない。」
  • 世界を開くための読書と、閉じるための読書
  • 閉じていく社会
  • 実務翻訳の魅力

入会しなくてもアメリアのコンテンツで学べる 方法

前回は、アメリア の定例トライアルという制度がとても優れているという話を書きました

翻訳を仕事にするためにやるべきこと(その3) – 定例トライアルで自分の実力を見極めよう

しかし、別に入会しなくてもアメリアのコンテンツで学ぶ方法はあります。

実は、一部のコンテンツが書籍として、出版されているんです。
試しにこの本で勉強してみるのは、非常にお勧めです。

というより、そもそも僕自身、そもそもアメリアとの最初の出会いはこの本からでした。

2011年にこの本を読んで、あまりのレベルの高さに感動し、アメリアへの入会を決めたのです。


トライアル現場主義!―売れる翻訳者へのショートカット


勘のいいひとなら、別にアメリアに入会しなくても、この本をしっかり学習すれば、翻訳トライアルのコツを会得して、合格できるようになるんじゃないかな。

その場合は、アメリアに入らなくてもいいわけですから、まさしくショートカットですね!

それくらい、本書には、翻訳トライアルのノウハウが詰まっています。

この本の使い方

この本のメインは何と言ってもPart.2 の「トライアルの現場から」です。

実際の翻訳トライアル課題が出題され、それに対して応募してきたアメリア会員の答案を、採点者の目線から赤を入れて、添削してくれています。

実務翻訳を志すなら、まずは、この課題に取り組み、自分で答案を作成して、それから、添削例を読んでみてください。

翻訳会社が、翻訳者に何を求めているのか、どういう点を、どういう基準で採点しているのかが、全部書いてあります。

とにかく、実務翻訳を仕事にしようと思うなら、まずこの本を手にするのが絶対にお勧めです。

必ず勉強になります。合格へのショートカットです。

アメリアにはこの数十倍~百倍のコンテンツがある

ただし、本書に掲載されている内容は、アメリアに連載された全59回の中のおよそ半分程度です。それでありながら、この濃度なんですから、すごいことなんですが、サイトには、課題もエッセイも、書籍版の倍くらい掲載されています。

僕は、最初はそれが読みたくてアメリアに入会しました。

当初は、前回の記事であれほど推しまくった「定例トライアル」のことなどまったくアタマにありませんでした。

もう一つ付け加えておくと、これだけ密度の濃いコンテンツなわけですが、アメリアのサイトに掲載されているさまざまな優秀なコンテンツの中では、ごくごく一角を占めているにすぎません。

どれだけ多く見積もっても全コンテンツの数十分の一の分量しか占めていないと思います。もしかすると、百分の一くらいかもしれません。

現在では、最新のコンテンツの下に埋もれていて、探すのにちょっと手間取る感じです。

ですから、まず、この本の課題を実際に解いてみて、添削で学んで、その上で、このレベルのコンテンツが他に数十倍はある、というのを想像してもらったらいいと思います。

そうすると、アメリア が一体どんな感じのサイトか、イメージがわくかもしれません。

経営者の視点から書かれた唯一の翻訳入門書

さて、本書のメイン部分であるPart2の課題添削については、ご自分でやっていただくとして、本書には他にもトライアルに合格するためのヒントや、翻訳者としての心構えなど、さまざまなエッセイが含まれています。それがまた秀逸で、勉強になるものばかりです。

今日はそこの部分(エッセイ)の魅力について熱く語ってみたいと思います。

翻訳志望者は、本書のPart2だけでなく、これらのエッセイを読むことで、確実に新しい世界が見えてくるはずです。新しい世界というのは、一言で言えばビジネスの世界です。

従来から、翻訳の世界では、参考書というとなぜか文芸翻訳の入門書と相場が決まっていました。今も、大体そんな感じですが・・・。

しかし、不思議なことに、市場規模で言えば文芸翻訳よりも実務系の方が圧倒的に大きいはずなんですよ。しかし、参考書となると、なぜか文芸翻訳家が著したものが多数を占めるんですよね。

理由は不明ですが、もしかすると文芸翻訳家には大学の先生が多いという点も、理由の一端かもしれません。

ともかく、この本は、ビジネス翻訳の世界に斬りこんだ、当時としては(そして現在でも)珍しい本です。

しかも、実務翻訳における「トライアル」という一点に絞り込んだ内容であり、これは現在でも他に類のないものです。

さらに、執筆者が、文芸翻訳家でも大学の先生でもありません。著者は、翻訳会社の経営者なんです。この点から見ても特異な本です。

本書には、経営者の視点から、会社がどういう翻訳者を求めているのか、求めていないのかがが、容赦なく書かれています。

一体どういう経緯で、このコンテンツが出版される運びとなったのか、僕にはわかりませんが、今考えてみても、アメリアでなければ出せなかったタイプの本であることは間違いありません。

学校の先生が書く本ではどうやっても醸し出せないような、ビジネスの臭いがプンプンしている本なんです。

翻訳はビジネス

今回、紹介するために久しぶりに読み直したのですけれど、改めて気合が入りました。

たとえば、翻訳会社が何をやっているかについて、近藤さんは、こう書いています。

「翻訳サービスを買って、それに独自の価値を付け、お客様に売る。
誰かから何かを買ってきて手を加え、別の誰かに売るという、ありふれた平凡な仕事です。」

またこうも書かれています。

「できるだけ良いサービスを安く買う。これに突きます。」

今にして思えば、これは翻訳に限らず、あらゆるビジネスの基本中の基本ですよね。

つまり、資本主義世界で商売を成立させるための基礎である「価値の提供」という考え方をシンプルに表現したものにすぎないのですが、こういう視点から書かれた翻訳参考書って、はっきりいって他に見当たりません。

当時の僕にとっても、初めて接する考え方でした。

ちなみに、僕自身は文学部出身です。僕の師匠も、先輩も、同期も、後輩も、ほぼ全員が翻訳小説を出版しています。

彼らと同じ世界に棲んでいたころ、「どの文学作品が傑作か」というたぐいの会話はさかんに交わしました。けれども、「どうやって世の中に価値を提供するか」などという話題は、まったく話し合った記憶がありません。

だから・・・そういう世界を抜け出して、実社会に出てきた当時の僕にとっては、この本は、本当に新しい世界を教えてくれたと言うか、得難い出会いでした。

翻訳会社が求めている人材とは?

翻訳会社が、どういう人材を求めているのか、採点者は、どういう答案をが高評価するのかについて、近藤さんはこう書いています。

「翻訳以前の問題となるようなエラーが含まれていないことです。誤字脱字、訳抜け、原文にない訳の混入、数値のミス、表記の不統一、誤訳、こういったエラーの修正に時間を取られることなく、私たちが独自の付加価値を付けくわえることができるか。つまり、私たちが原稿を安心して取り扱えるか。私は、これに一番重きを置いています。」

つまり、翻訳会社が人材に求めている第一の能力は、英文理解に優れていることでもなければ、日本語表現力が豊かなことでもなくて、誤字脱字がなく、初歩的なエラーをしないことなのです。

今になって思えば、これは本当にそのとおりだと思うんです。

たとえば、あるサイトのバーゲンセールの割引率を間違えて表記したとします。すると場合によっては訴訟に発展する可能性すら出てきます。これがビジネス翻訳なんです(つい最近、実際に見聞きしたケースです)。

当たり前ですよね。

かつて証券会社が、株の発注金額を間違えて市場が大騒ぎになったことがありましたが、ビジネスの世界で数字を間違えるというのは、ああいうことが起こるかもしれないということです。

そういう当たり前のことを指摘してくれている翻訳入門書は、僕の知る限りでは他にありません。

そういうわけで、このブログを書くために、この本を久しぶりに読み返してみたのですが、気合が入りました。初心に帰って、普段よりもう1回余計に、数値のチェックをするようになりました。

スイッチを左に回したら命にかかわる

ところで、本書を初めて読んだ8年前に、最もショックを受けた一節を挙げておきます。

「右に回すべきスイッチを左に回せと訳してはいけない。命にかかわる場合だってあります。」

著者は、原子力研究所から翻訳の世界に入った人です。

ですから、「右に回すべきスイッチを左に回したら命にかかわる」という表現は、大袈裟でも何でもないはずなんです。

今思えば、この一節を読んだことが、僕は実務翻訳に行こう、と思うようになった決め手だったような気がします。

ちなみに、僕は、ちょうどそのころ別なある有名な文芸翻訳家の方の書いた入門書も並行して読んでいて、そこには上記とは正反対の例が挙がっていました。

大体以下のようなことが書かれていました。

「ある推理小説の一節にトランプのブリッジをするシーンがあった。けれども、自分はブリッジのルールがわからないので、なんだかよくわからないままで訳出した。そして、今でもブリッジのルールはわからない。だから、あのシーンが何を意味していたのかはいまだに謎のままだ」

こういう感じでひょうひょうと書いてありました。

僕は、今でも小説を読むのが大好きです。文芸翻訳をディスる気は毛頭ありません。それに、この方は、有名な翻訳家で著書も多数出されている方だし、勉強になる点もたくさんありました。

ただし、当時から、こういうエピソードを読むと・・・なんとなくモヤモヤするものがあったのは事実です。訳す前にブリッジのルールくらい調べてもよいのでは?と思ってしまいました。

そのモヤモヤした気持ちをどういう言葉で表現するとぴったりなのか・・・なかなか難しいのですが、なんとなく頭に浮かんでくる言葉は「ぬるま湯」です。

で・・・そうじゃない世界に行きたいと思って、大学の世界から世間に出てきたつもりだったのですが、なかなかやりたいことが見つからないし、そもそも、「そうじゃない」世界というのが、具体的にどうじゃない世界なのか、自分でも言語化できず、一体どこへ行けばいいのかもわからず、焦っていた時期でした。

そのタイミングで、「左に回したら命にかかわる」、「良いものを安く買って高く売る」という世界を教えてくれたのが「トライアル現場主義!」だったんです。

わたしは趣味を持っていない。

今回、この記事を書くきっかけになったのは、僕が長年抱いていたこのモヤモヤ感を、見事に言語化してくれた文章に最近出会ったことにあります。

それは、村上龍氏の『無趣味のすすめ』というエッセイ集の冒頭の文章でした。


無趣味のすすめ 拡大決定版 (幻冬舎文庫)

少し長めに引用します。

「わたしは趣味を持っていない。小説はもちろん、映画製作も、キューバ音楽のプロデュースも、メールマガジンの編集発行も、金銭のやりとりや契約や批判が発生する「仕事」だ。息抜きとしては、犬と散歩したり、スポーツジムで泳いだり、海外のリゾートのプールサイドで読書をしたりスパで疲れを取ったりするが、とても趣味とは言えない。

現在まわりに溢れている「趣味」は、必ずその人が属す共同体の内部にあり、洗練されていて、極めて完全なものだ。考え方や生き方をリアルに考え直し、ときには変えてしまうようなものではない。だから趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。」

世界を開くための読書と、閉じるための読書

「文章に接する」という行為には2種類あると思います。

翻訳の世界では、出版と実務に分けて捉えることが慣例化していますが、これは便宜的な分け方に過ぎず、本質的な分け方ではありません。

あくまで作る側の視点であり、読む側の視点ではありません。

読む側にとっては、媒体が紙か、電子インクか、PDFか、ウェブページかはどうでもいいことです。

読む側にとっては、何らかの目的があって読むのか、それとも読むこと自体が自己目的化しているのか、という点だけが本質的な違いです。

つまり、必要に迫られて読むのか、それとも娯楽で読むのか、この2つしかありません。

言い換えれば、行動のための読書なのか、休養のための読書なのか、の違いだとも言えます。

もちろん両者はオーバーラップしている部分もあるはずだし、完全に分けて考えることは不可能でしょう。

たとえば、探偵社の入社試験対策として、探偵小説を読む人もいるかもしれません。
ダイエットはしないけれども、ダイエット本を読むこと自体が好き、というマニアもいるかもしれません。

しかしたいていの場合、探偵小説はそれ自体を楽しんで読むものだし、ダイエット本を読むという行為は、やせるという行動へ向かうための情報収集です。

どちらが良くてどちらが悪い、ということではなく、両方必要なのはもちろんです。

僕も、心が疲れてくると、藤沢周平の時代小説などを読みふけってしまう癖があります。そうすることで心のバランスを取っているのだから、これはこれで自分の生活にはなくてはらならいものです。

ただし、アマゾンのレビューなどで、「趣味は読書」という人のレビューを読んでいると、なんとなくモヤモヤしてくるのも事実です。

ただし、自分が何にモヤモヤしているのか最近までわからなかった、ということについてはすでに書きました。

今思えば、あのモヤモヤ感は、「脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない」、そういう共同体内部の安全な場所に身を置いている人が、そのこと自体にまったく疑問を持つことなく、作家が命がけで世に問うた作品について、ああだこうだ言っている文章に対して違和感を感じていたのだと思います。

リスクを取っていない人の言葉が響くわけない、ということです。

映画も似たようなものです。

僕自身、かなりの映画好きなのですが、自分と似たような、いわゆる度の過ぎた映画好きみたいな人が書いた映画評をウェブなどで読んでいると、モヤモヤしてきます。

自分の世界の中で完結してしまっているんです。
一緒にされたくない、とつい、思ってしまいます。

ついでに言うとDVDボックスなども苦手です。

例えば、『地獄の黙示録』という映画がわりと好きなのですが、あれなんか、まさにコッポラがひたすらリスクを取りまくって、好き放題にやって、壮大なバカをやらかしてくれた映画だと思うんですが・・・(褒めてます)

しかし、あの作品のDVDに分厚い解説書を付けて、きれいな化粧箱に入れて、いかにも傑作です、という風情で書斎に並べられてしまうと、なんだかあの映画が死んでしまいそうな気さえします。

あの作品を、ディアゴスティーニ的な世界に取りこんでしまうのは、できればやめてほしいです。コッポラ全集第一巻は、特別価格「ゴッドファーザー」から!とかやめてほしいです。

閉じていく社会

ともかく、村上龍さんの上記の一節を読んで僕が気づかされたのは、「趣味の世界は閉じている」ということであり、また、人(社会)は高齢化するにつれて次第に世界が閉じていくということであり、とくに男性は、加齢と共に急速に世界が閉じていくということです。

ゆる子Aだって、若いころに比べれば明らかに世界が狭くなってきました。で・・・このブログ自体は、閉じていこうとする自分になんとか対抗して、世界を開いていこうと、あがいている場所でもあるんですが。

それはともかく、世界を閉じていく趣味の読書も、世界を開いていく情報収集の読書も、どちらも必要なのは間違いありません。

開きっぱなしも、閉じっぱなしもあり得ないのはもちろんです。

息は吸ったら吐くべきだし、物は食べたら出すべきだし、金は稼いだら使うべきだというのと同じです。

しかし、冒頭でも書きましたが、翻訳の参考書に限って言えば、なぜか、ミステリー小説、ロマンス小説、SF小説などなど、どちらかと言えば、世界を閉じる系の分野に圧倒的に偏っているのが実態です。

しかも、そもそも、翻訳という仕事自体が、1人でコツコツやる作業ですので、放っておけば世界が閉じていきやすい職業です。

それを志望する人たちも、1人で閉じこもることに苦痛を感じないタイプの人たちのはずです。

少なくとも僕はそうです。インドア派です。

実務翻訳の魅力

これを読んでいる人の中にも、もしかすると文芸翻訳を志望している人がいるかもしれません。それは大いに結構ですし、いずれぜひ面白い翻訳小説を読ませてもらえればうれしいです。

ですが、試しに、ぜひ本書も読んでみてほしいんです。翻訳の世界は、決して世界を閉じる方向だけではないということが分かります。

実務翻訳者の一日は、たとえば、午前中にEUの新情報保護規制の要点を調べて、午後は新作バスケットシューズのデザインを調べて、夕方からは旅客機の主翼のフラップのマーケットシェアを調べる、なんていうことがザラです。

常に知らないことに出会い続けます。

そして、新しい世界に出会えば出会うほど、自分が本当に何にも知らないんだということを思い知らされます。

そういう実務翻訳の世界に入るための心構えと具体的なテクニックが、これでもかと詰まっている本がこの「トライアル現場主義!」です。

翻訳トライアルを受けようと思っている人にとっては必読書であると、言いきらせていただきます。

翻訳の世界に入ろうと思っている人は、まずは、ぜひこの本に触れてみてください。後半はアメリア で読めますが、それは、本書の課題を解き終わってから考えてみてください。

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